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適合性原則違反の事例の紹介

2023.11.01

1.はじめに

こんにちは弁護士のスガオです。

 

今回は証券検査において適合性原則違反が認められた事例について紹介します。

 

2023年になり証券検査において適合性原則違反を理由とする勧告が2つなされました。

 

ちばぎん証券株式会社に対する検査結果に基づく勧告について(令和5年6月9日)

 

三木証券株式会社に対する検査結果に基づく勧告について(令和5年9月15日)

 

 

証券検査において適合性原則違反を理由として勧告がなされるのは19年ぶりのこととなりますので、

これまでの経緯なども含めて勧告文の内容などについて解説します。

 

以下では、それぞれの勧告文について、「ちばぎん証券勧告文」、「三木証券勧告文」といいます。

 

 

 

2.金商法の規定について

まずは、勧告文において適用されている金融商品取引法(以下、「金商法」)40条1号と金商法38条9号に基づく金融商品取引業等に関する内閣府令(以下、「定義府令」)117条1項1号について簡単に説明します。

 

金商法40条1号は、その文言上、金融商品取引業者等のみを名宛人とし、業者の「業務の運営の状況」に関する規定として定められていることから、法40条1項が適用されるのは、業者の「業務の運営の状況」として不適切な場合に適用されるものとされています。

 

業府令117条1項1号は金融商品取引業者等のみならず、その役員や使用人も名宛人としており、これらの者についての実質的説明義務を定めたものとされています。

 

金融商品取引業者等は金融商品取引契約を締結しようとするときは原則として契約締結前書面等の書面の交付を顧客に交付することが義務付けられています。

しかしながら、単に書面を交付するのみを求めるだけでは、顧客への説明が形骸化するおそれがあります。

そこで、顧客に対して「実質的」な説明が行われることを図るために業府令117条1項1号が規定されました。

 

 

また、金商法40条1号も業府令117条1項1号もいずれも「適合性の原則」についての規定であるとされています。

「適合性の原則」については、狭義のものと広義のものがあるとされております。

狭義の適合性原則とは、「一定の利用者に対してはいかなる説明を尽くしても一定の金融商品の販売・勧誘を行ってはならない」という意味であるとされています。

広義の適合性原則とは、「利用者の知識・経験、財産力、投資目的等に照らして適合した商品・サービスの販売・勧誘を行わなければならない」という意味であるとされています。

そして、法40条1項は狭義の適合性について定めたものであり、業府令117条1項1号は広義の適合性の考え方を説明義務に取り込むものであるとされております。

 

 

 

3.これまでの経緯

証券検査における適合性原則違反での指摘ですが、2004(平成16)年3月5日付けで泉証券に対して行われて以降はなされてきませんでした。

 

泉証券株式会社に対する検査結果に基づく勧告について(平成16年3月5日)

 

 

その後、2020(令和2)年8月に公表された金融審議会市場ワーキング・グループ報告書「顧客本位の業務運営の進展に向けて」において、 「顧客本位の業務運営に関する原則の定着状況を検証し、更なる進展を目指す必要がある」旨の提言がなされました。

 

そのことを受けて、金融庁は、2021(令和3)年1月に、「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」の改正を行い、金商業者等に課された「誠実公正義務」や「適合性原則」の内容を明確化が図りました。

 

https://www.fsa.go.jp/news/r2/singi/20210115-1.html

 

そのような中、2023(令和5)年になり、証券検査において「適合性原則に抵触する業務運営の状況」を理由とする勧告がちばぎん証券と三木証券についてなされました。

 

 

 

4.勧告文の分析

前述のように、法40条1項が適用されるのは、業者の「業務の運営の状況」として不適切な場合とされています。

 

上記の2つの勧告文をみても、業者の不適切な業務の運営の状況を認定していることがわかります。

 

具体的にいいますと、勧告文では、

  1. 「⑴ 適合性原則に抵触する勧誘が長期的・継続的に発生している状況」(三木証券勧告文の場合は「⑴ 適合性原則に抵触する勧誘が行われている状況」)に加えて、
  2. 「⑵ 適合性原則を遵守するための態勢が不十分な状況」を認定し、
  3. 「⑴及び⑵の状況」(三木証券勧告文の場合は「⑴⑵の状況」)について、「適合性原則に抵触する業務運営を継続的に行っていたものと認められ」(三木証券勧告文の場合は「適合性原則に抵触する不適切な業務運営を継続的に行ったものと認められ」)と評価しています。

 

すなわち、当局としては、⑴適合性原則に抵触する勧誘状況に加えて、⑵適合性原則の遵守態勢の不十分な状況も認められることから、金商法40条1号に定めるような業務の運営の状況となっていると評価したことが伺われます。

 

泉証券の勧告文をみても、「営業員により顧客に適合しない不適当な勧誘が行われることを未然に防止するための管理体制の整備をしていなかった」とありますが、これが⑵適合性原則の遵守態勢の不十分な状況に対応するものとなっています。

 

 

 

5.その他の分析

以下では上記の勧告文を読んでの個人的な感想・分析について記載します。

 

業府令117条1項1号の適用範囲について(その1)

三木証券勧告文において「顧客が少なくとも外国株式取引を行えるほどの認知判断能力を持ち合わせていないと認識していたにもかかわらず」とあります。

こちらの記載に関して、顧客に「外国株式取引を行えるほどの認知判断能力」がないということであれば、いわゆる狭義の適合性(認知判断能力がない顧客に対してはどれだけ説明を尽くしても外国株式取引の勧誘を行ってはいけない)が問題になりそうに思います。

しかしながら、勧告文においては「外国株式のリスク等について、顧客属性に照らして顧客に理解されるために必要な方法及び程度による説明を行うことなく金融商品取引契約を締結する行為を行っていた」として業府令117条1項1号を適用しております。

そのことを踏まえると、いわゆる狭義の適合性が問題になるような個別事案についても、当局としては業府令117条1項1号を適用しているように思います。

もしそうであれば、認知判断能力がない顧客に対する説明としては、無限の説明義務のようなものを観念しているということでしょうか。

 

 

業府令117条1項1号の適用範囲について(その2)

また、三木証券勧告文をみると、勧誘の対象となった金融商品は外国株式(米国株式)となっており、「複雑な仕組債」の勧誘が問題になったちばぎん証券勧告文とは対照的です。

業府令117条1項1号では、「次に掲げる書面の交付に関し」と定められており、「次に掲げる書面」の対象となるものは、契約締結前交付書面、契約締結前交付書面、目論見書等、契約変更書面に限定されています。

他方、外国株式については、取引の開始にあたり、顧客に上場有価証券等書面を交付するものの、取引の都度、契約締結前書面や上場有価証券等書面を交付しないのが通常です。

といいますのも、上場有価証券等書面を交付していれば、契約締結前書面の交付は不要となり(業府令80条1項1号)、

上場有価証券等書面を交付してから1年以内に上場有価証券等売買等に係る契約を締結してれば、当該締結日に上場有価証券等書面を交付したとみなされる(業府令80条3項)からです。

 

そのため、実際には上場有価証券等書面を交付していないが、交付したとみなされる場合にも、業府令117条1項1号が適用されるのかどうかという解釈が問題になりそうですが、

三木証券勧告文において業府令117条1項1号が適用されていることを踏まえると、当局としては、交付したと「みなされる」場合であっても、業府令117条1項1号が適用されるものと考えているように思います。

 

 

金商法40条1号と業府令117条1項1号の関係について

また、⑴の適合性原則に抵触する勧誘については、いずれの勧告文においても、当社の行為について業府令117条1項1号を適用しています。

そのことを踏まえると、法40条1項は狭義の適合性について定めたものであるといわれているものの、➀営業員の行為として業府令117条1項1号に違反するような行為があり、②その背景に会社の不適切な業務運営の状況が認められるとされた場合には、当局において金商法40条1号に定めるような業務の運営の状況に該当するとの評価となるように思います。

 

 

6.さいごに

証券検査において適合性原則違反が認められた事例について紹介しました。

 

「貯蓄から投資へ」というスローガンがかかげられている時代であるからこそ、19年ぶりに勧告がなされた適合性原則について改めて考える必要があるように思います。